戦前・戦後の食事・食卓の変化

食にまつわる「コショク」という言葉には変換が複数あります。「孤食」一人で食事をする。「個食」同じ食卓を囲んでいても別々の物を食べる。「固食」嗜好に合った決まったものしか食べない食事。「小食」「粉食」など。どれも現代の食事の問題を表した漢字変換です。「コショク」は子供だけでなく、独居高齢者や独身者にも存在し、それによる食生活のゆがみは生活習慣病の一因になっているといっても過言ではありません。


大正期、食卓は箱膳を主としており、箱に入っている自分の食器・箸は大切に扱っていました。世界を見ても自分専用のテーブルウェアがある国は少ないのです。箱膳は囲炉裏を囲んで暖を取りながら食事をしていた当時の環境に適していました。食事内容は穀類と野菜・魚がいつもの食事で、特別な食事に肉・牛乳が登場する程度でした。


大正〜昭和30年代、照明や暖房器具に石油や電気が使われ始めたため、卓袱台を囲んだ食卓になります。しかし、食事は団欒の場ではありませんでした。

昭和40年代になり、生活の洋風化と共にダイニングテーブルで食事を囲むようになりました。厳しい作法は緩み、積極的な会話で団欒を楽しむようになります。次第に生活が豊かになり食卓が多様化し、TVに気を取られてしまう、孤食などの現象が現れたのはこの頃からです。


食事のマナーや作法は食卓を囲んで自然と学ぶものです。それは家族のコミュニケーションツールでもあり、個人の価値観や美意識などの形成に関わります。他人の目を気にしない振る舞いや、逆に過剰に羞恥し人目につかない場所で食事をするなど、食卓を囲まない孤食は、栄養の偏りや偏食の助長以外にも、社会のルールや常識を崩壊させると言われています。


孤食が増えた理由は核家族化、共働き、一世帯当たりの子供の数の減少、塾通い等、家族内でライフスタイルが多様化したことに因ります。飽食の現代、いつでも食事が手に入りマナーや作法の身に付かない環境は「もったいない」という感覚を生まず、食べ残しや食品の廃棄を助長させました。また、飽食によるカロリーオーバーで肥満となった体に、更に金銭を投じて痩せようとするのは全く皮肉なことです。


低温で保存期間を延ばしていた昭和40年代と異なり、加工技術や添加物で保存期間の延長ができる現在です。一人当たりの食品添加物摂取量が年間平均4圓畔垢い討匹思うでしょうか。野菜の摂取量の減少が抑えられないというのに、化学肥料や農薬の使用、環境汚染などで微生物が減少し、土壌がやせ、野菜に含まれる栄養も低下しているのです。


まず、今から始められる事。小手先であったとしても、食事はただ食べれば良いのではなく、たまには手作りの食事で会話のある食卓を囲んだ楽しい記憶を作り、食事に感謝することが自分の意識の変化を生み、ゆっくりと後世に伝える必要な事なのではないでしょうか。




2011/9/15発行

栄養士

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